2020年07月08日

正気の生活

DSCF5152 (2).JPG
(いつかの夏、札幌郊外で)

最初のころは不便だな、早く元に戻ったらいいのに、そう考えて仲間とイベントの計画変更などを話しあっていた。2月の終わりころだったと思う。あれから4か月以上がたち、もう元通りはないのだ、ということに(たぶん多くの人が)納得し始めている。ある意味、これからがほんとうの出直しだ。

続きを読む
posted by ダー at 22:21| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月02日

ぼくは今の自分を選んでいる、ぼくは幸せだ

DSC01092 (2).JPG
(うちの正面に見える丘)

God’s will for us is perfect happiness.
「神が私たちに望んでいるのは完璧な幸せである」

ゆとり家のワークショップルームに掲げた言葉は、妻がどこからか選んできてカードを作って貼ったものだ。これがゆとり家の標語になっている。今はほとんどオンラインでなかなか集まれないが、この里山に移り住んだぼくたち家族と、ここで行うワークショップを、この言葉はいつも見ている。無条件の、完璧な幸福。

続きを読む
posted by ダー at 22:21| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他のことはいい、ただこれだけを大切にする

DSC01085.jpg
(ささやかな日々の収穫こそが大事)

他のあれこれを気にしながらやっても仕方がない。毎日生きることが仕事、という友人に接していると(実際には会わずにネットを通じてだが)ただ生きることだけが一大事だということがわかる。「そのときは」確かにわかるのだ。

続きを読む
posted by ダー at 11:34| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

死にゆく人はいない、生きる人がいるだけだ

DSC03962 (2).JPG
(ゆとり家では少人数のワークショップのみ行っている)

またはみな死にゆく人である、ということも真実だ。6月は死の月、とぼくの中では決まっている。去年6月15日に父が亡くなり、ぼくは一族の波頭に立っている。それだけで意識が違う。ぼくの先には誰もいず、ぼくから後に続く人たちがいる。今その継続を強く感じている。

続きを読む
posted by ダー at 20:50| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月27日

寂しさを駆動力にする寂しい文明

DSC00994 (2).JPG
(私は今年のブラックベリーです)

里山籠り3か月、今日も果てのない草刈りに励む。毎朝少林気功をやっているので重心がしっかり降り、斜面でも安定して草刈り機を構えられるようになった。夏期には重労働が続くので、鈍っていた体を作り直し、暑さを乗り切れる体力を養おう。これ自体がリトリートだ。

続きを読む
posted by ダー at 21:32| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ポジティブなやる気ない宣言 Willful but Purposeless

DSC01077 (2).JPG

濃い時間も薄い時間もある。時間の過ごし方は自由自在だ。コロナの日々を過ごして、そういうことに今さらながら気づいた。日々を徒(あだ)に過ごすも、奇跡の中を濃密に生きるのも、この一瞬の意識次第なのだと。

続きを読む
posted by ダー at 01:03| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月23日

あなたに失望したと言える解放

DSC01008 (2).JPG
(今年は畑のブルーベリーのつきがよくて楽しみ)

ぼくがもっとも言いそうにない言葉だと思っていた。しかし、実際に落胆したり、期待外れだったり、自分の心が変わっていったりすることはあるものだ。そうしたとき相手に合わせようとする、そして無理をする。なぜならその人をがっかりさせたくないから。

続きを読む
posted by ダー at 06:16| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

夏至と新たな出直しの家族

DSC01014 (2).JPG

雨に濡れる若いみかん、山の果樹園には誰もいない)

いつも放し飼いにしている文鳥の糞にまみれて書いている。息子は「お父さんはただの邪魔な鳥としか思っていないから」という。その通りだから、しつこくされるのだろう。

続きを読む
posted by ダー at 11:07| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月19日

ぼくは風景に還っていく

DSC00996 (2).JPG
(友人宅に持って行ったフェンネルの花)

自分を否定しても、風景は否定できない--詩人長田弘の言葉から気づいたこと。

出自としての故郷が否定できないように、ぼくは自分を否定的に見るが、逃れられない肯定がある。それが今ここにいるということだ。今ここには、家族がいて、その向こうに風景がある。ぼくらはみな、風景の中から現れてきたものなのだ。

続きを読む
posted by ダー at 13:06| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月17日

半日寝て暮らす〜コロナ抜けのデカンショ節

img003.jpg
(1990年、スペインシエラネバダ山中の山荘に無目的に住んで1か月、カメラがないのでスケッチした)

先ごろ自然農法の福岡正信さんの昔のビデオを観ていて、彼の「私は昼寝の時間がとれる農業をしている」という言葉に、はっとした。うちには五畝ほどの畑があるのに、そもそも耕作する時間がなかった。時間があっても仕事に使っていた。昼寝どころではなかった。

続きを読む
posted by ダー at 22:04| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする