2020年05月23日

コロナで変わったこと、これからの行方

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(マウイ島の力こぶ 2009年)

信じられないことだが、3月25日、最後の東京行きでは住宅街を散歩し、講座の参加者みんなで神社で気功をしたりしていた。それ以降ぼく自身はもう東京へ行くことはなくなった。仕方がなく遠出をしたことはあるが、自家用車を運転し、目的地で用事を済ませてとんぼ返りをした。その時期必要なことを済ませておいてよかった。それ以降ほとんどこの伊勢原市を出ていない。

明日は久しぶりの遠出で友人宅に田植えに行く。とてつもない冒険に思えるのだ。すっかり世の中が変わって、引きこもりに落ち着いてさえいたので、かえって出かけることが非現実的に思える。第2次世界大戦中の日本にもこんな非現実性が覆っていたのだろうか?と想像する。

最近少しずつ規制が取れようとしていて、地方によっては元の生活が戻ってこようとしている。しかしここ関東圏ではもう少し先になるだろう。それも極めてゆっくりと段階を追ってなので、のんびりカフェで読書でもというような、じつはそれほど重要でもなかったかもしれない暇のつぶし方が復活するのは、秋以降になるかもしれない。

そういう資本主義の鬱屈を小出しに緩和するような営為は、小手先のごまかしだったのだ。ぼくらはもっと本質的に解消しなければならないことがあるはずだろう。炎天下の田んぼで一握りずつの稲束を植え付けていくような単純で気の遠くなるような作業をよくやったものだが、そちらの方に暮らしの本質はあるような気がする。

じつは毎週「マインドフルネス♡ハッピーアワー」というタイトルで、インターネットテレビをやっている。毎週水曜日午後8時半から10時まで。来週はZen2.0を主宰する三木康司さんがゲストだ。
https://bit.ly/2ZtEIkL
各界で活躍するユニークな人々を呼んで、もうひとりのナビゲーター柴山みゆきさんと様々な話を引き出していく企画だ。

基本的にお呼びしているのはぼくの友人関係なので、どちらかといえば内輪の話になりがちなところを、柴山さんが視聴者目線で鋭く切り込む。それがいいバランスになり、話に多様性と奥行きをもたらしていると思う。

今のコロナ下の生活については必ず触れることになる。先日のゲストで、ただでさえ多忙な禅僧の藤田一照さんが、コロナで自宅にいられるようになり、本来のペースを取り戻したということを言っておられた。深くうなずいたのは、じつはぼくもそうだからだ。この2か月電車には1回も乗っていないし、毎週あった講演会や講座もすべてインターネットに移行したので、仕事でどこへも出かけていない。

行き返りの時間や経費、会場費、準備にかかる交渉や手間、懇親会などの時間や経費、すべて節約されているわけだ。考えようによっては、非常に地球にやさしい働き方である。もちろん、インターネットがすべてを補うわけではないし、留保されている部分は多くある。人と人とが直接会えないことで生じる多くの欠落が埋め合わせられるわけではない。親の死に目にさえ会えない人もいる。

それでもなお、この「凪」を惜しむ気持ちを否定できない。このstopは人類史に残る大きな出来事だ。静かな止まった時間(もちろんそれが不可能な職種があることも承知している)。止まって見つめるのは、瞑想の基本だ。ここで何を観るかが、これから先を決める。また先を追いかけるのだろうか? それともこの足元を見つめるのか?

この期間に、自宅に居ながら多くの人たちと新しく出会い続けている。すべてオンラインではあるものの、カウンセリングなどの個人セッション、マインドフルネスの講座、瞑想会などだ。画面越しに対面する人数は毎週100人近い。中には海外からのアクセスもある。こうした状況下でなくてはありえなかった出会いを、これからさらに続けていきたい気持ちもある。

株)デジタルハーツの代表畑中氏の言葉を借りれば「就活で嘘ついて『御社が第一希望です』って言えない人たちが、社会から排除されてたわけですけど。むしろそういう人たちが、どんどん入ってくるっていう社会になっていくと思うので。むしろ引きこもり至上主義みたいな。『どんどん引きこもってがんばるぞ』な社会になっていくんじゃないかなと思ってます」。まったく同感だ。引きこもり歴の長かったぼくからしても、動けないことはそう心地が悪くない。

この里山に住んで、地元の自然の美しさを再認識したこともある。あちこち出張していたころが、前世のように遠く思われる。今はここに来ていただくわけにはいかないが、やがて徐々に交流が始まることだろう。そのときには、明らかに流れは加速するだろう。同じ大量消費の多忙を良しとする社会には戻れない。過密とスピードと、不必要な接触は感染を再来させる。「貪欲と怖れ」という名の疫病を。

流れはどちらに向かうのか、流れはぼくたちが作っていくのだ。今まで抑圧していた本音を生きるときだ。そんなに忙しく働き、多くを手に入れ、多数の人間と接触しなければ幸せになれないのか? よく考え、「本当の望み」を第一に取り、それに従っていくときだ。何度も自分に問いかけよう。「本当に私はそれを望んでいるのか? じつはこうではないのか」と。
posted by ダー at 11:17| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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