2018年10月31日

自分は自分が評価してやるしかない

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(今日、父の家の窓から見た秩父連山遠景)

なかなかこれができなかった。謙遜とは違う、自分が自身を評価しないこと。根深い自己否定という病がある。出る釘は打たれるから、出すぎないほうがいいって? いやいや、出すぎた釘はもうだれも打たない。出方がハンパだから打たれるのだ。

とはいえ、自分を正当に評価するのは至難の業である。“ある外国”に行くと、自分の売り込みに辟易とすることがある。自己主張が強すぎて、中身がそれほどでもなかったりすると、金返せと怒りたくなるが、自分が人を見る目がなかったのだ。ダメもとで売り込みまくる彼らを見ると、じつは少しうらやましい。百にひとつあたることもあるかもしれないから。

振り返って日本では、挑戦する前から何もしない安全策をとる人が多い。ぼくもずっとそうだった。挑戦などせずともそこそこ食えるので、厳しい状況下の途上国と違って、ギラギラする必要がないからか。戦争直後は違っただろう。恥を忍んで何でもやったという話をよく聞く。そうでなければ生きていけなかったから。今は死んだように生きていても、肉体だけは維持できるのだ。

ぼくも中年期までは、うすぼんやりと生きていた。チコちゃんに怒られそうだ(笑)。そうして死ぬまで行けちゃうことが、どんなに恐ろしいかもわからずに。しかし病の再燃という一撃があった。あのままなら、おそらく死んでいたろう。

そのときに救い上げてくれる人たちがいたから、今こうしている。今の妻はその筆頭だ。こうして働いているのは恩返しなのだ。ところが、中年期までうすぼんやりと、これといった仕事もせずに過ごしてきた人間を使ってくれる殊勝な会社など、どこにもありはしない。かといって独立するのは至難だ。雇われるよりもはるかに厳しい。

ぼくの場合は、ぼくを必要としてくれる人がいる、という気づきが引っ張ってくれた。専門的なスキルを何ももたず、まるでキャリアがない人間が食っていくにはどうすればいいのだろう? 自分が自分を評価してやるしかない。つまり自分は何を持っているのか知ることだ。何がある? 何にもないよ、と言ってはいけない。呼吸しているかぎり。

自分でわからなければ、人に指摘してもらおう。会社の社長が言ってくれればラッキー、そこに雇ってもらえるから。そうでなければ何でもいい、人に言ってもらって鵜呑みにしよう。お世辞でも信じれば事実になる。

ぼくにはこれといった取り柄がなかった。抜きんでて主張できるような特技もない。仕事も勉強も2〜3年やって放り出してしまうので、何もかもが中途半端。だが待てよ、いろんなことを浅くたくさん経験している。むしろそれを良しとすればいい。

付き合いのある編集者のSさんが、ぼくのブログを慰めにしてくれているという。トイレでスマホ片手に読んだとか、泣けてくる。そうして、改めて書き散らかしたここ十数年の自分の文章を読み返してみると、自分が自分に慰められる現象に遭遇した(笑)。ブログのトピックはあらゆる話題に渡っていて、そのときの自分の心情に何かの文章がヒットする。誰が書いたとか関係ない。自分が書いたのだから、自分にピッタリくるのは当たり前だけれど。

そうして単行本の話につながった。ぼくの書くものを、お金を出して買ってくれる人がいるなんて考えられないことだったが、ぼくはぼくを評価する。もしかしたら、すごく売れるかもしれないし。

オリンピックには十種競技というものがある。瞬発力、跳躍力、持久力、力業、駆け引きなど、総合力を試されるゆえ、勝者は陸の王者とも言われる。日本で評価されないのは、総合力(最終的につじつまが合っていればいい)が評価されない社会だからだろう。ぼくは自分が“総合職人”と思えばいいではないか。

今までの職業枠ではくくれない様々な仕事が出現している。一方で、ぼくが生業のひとつにしている翻訳などは、ITの進歩によって消えていくと思われる職種だ。仕事を十種もてば、どれかがコケてもつぶれない。やるからには日本一になれなんて言われても、日本人は1億2千万もいるのだ。マジでとり合えばムリゲーだろ? 日本一になっても、職域そのものが消滅すれば持続不可能である。

時代は激しく変遷している。「今先頭にいる者がやがて最後になる、時代は変わっていくのだから(ボブ・ディラン)」。来年には、今やっていることが無効になり、新しい何かが立ち上がっているかもしれない。その新しい仕事を立ち上げるのは、ぼくら一人ひとりだ。

自分の中に資源がある。それに気づいたとき、だれかが決めたのではない新しい仕事が生まれるのだ。“自分軸”が立つ。そうでなければ、容易に流される時代だ。もう出来合いの社会のストーリーに振りまわされるのはやめよう。架空の物語に付き合うよりも、現実とダンスすることだ。

追記:そういえばこの企画はなかなかイケてると思う。こまめさんの見立てのおかげだ。
『ことば×マインドフルネス』〜私の好きな本と、もう一度出会い直す
https://bit.ly/2q84Nmp

posted by ダー at 23:08| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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