2015年10月06日

子どもプログラムの始まり

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今年は新たなことがたくさん始まったが、その中でも子どもたちの瞑想プログラムはずっと心に温めていただけに、ゆとり家で実現できたことは本当に嬉しい。しかし少し急ぎすぎたかもしれない。思いだけが先走ると、つい無理をして、対象者がお留守になることがある。

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子どもたちはどうだったろうか。仲良くなって楽しんでいた様子だったが、ぼくはずっと風邪をひき込んで体調がすぐれず、あまり参加できなかった。しかしサンガの友人たちが、その経験を生かしてずっとリードしてくれた。準備や実施方法に様々な課題はあると思うけれど、最初がなければ次も無いので、このタイミングでできたことに感謝したい。

ぼくは子どもたちと何かをすることが好きで、今までも畑の会やたき火会やみそ作り会をやってきたけれど、何しろ瞑想を子どもとできるのは、たとえ一部であっても嬉しいことだ。ふつう修行と考えれば大人の、しかもよほどマニアックな人たちの集まりになりがちだが、ゆとり家ではますますその逆を行く。

それはティク・ナット・ハンがファミリーで一緒に瞑想することを勧めているからだ。瞑想を果てしなく日常的なものに近づけていく。そういう挑戦でもある。以前のぼくが考えていた「自己を見つめる」孤独なタイプの瞑想法からすると、すでにはるかに一線を超えてしまっている。ある人たちには、集中的なマインドフルネスの訓練という点では物足りなく思えるかもしれない。

そういう人には、またそれ向けの場もプログラムも他にあるだろう。子どもをもってから、ぼくには「あれもこれも」がなくなってきた。もはやそういう歳でもないし、時間も少ないのである。ある年月のうちに、息子にも伝えることを伝えておきたい。それには「いわゆる修行」ばかりをやっているわけにもいかない。在家には生活という優先的修行があって、それは家族でするものだ。

息を吸いながら、皿をていねいに洗う。息を吐きながら一つひとつ洗いかごにおいていく。風邪をひいていると、とりわけ呼吸に集中し、動作をゆっくりしないと物事をこなせない。自分へのケアの度合いが、即作業に反映する。そうして、この2週間ほどは生活も仕事もやってきた。

息子もこの間は本当にしんどそうで大変だったが、今はその反動かものすごく元気だ。週末に長野から友人一家が泊まりにきて、同い年くらいの姉妹と二日間遊べたこともよほど嬉しかったのだろう。エネルギーが満タン状態である。

今週末は保育園の運動会で、それがまた楽しみでしかたがないのだけれど、半分は親のためのお披露目の意味もあるだろう。子どもの元気な姿を見るだけで、親はふだんの苦労が報われるものだ。体調も、仕事の締め切りも、ぎりぎりでクリアした。ようやく畑にかかれる。まだ秋らしいこともほとんどしていない。

これから、間に合う種まきを次々にやっていく。


posted by ダー at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・育児・日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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