2019年09月25日

自分の言葉で自分を語ることからすべては始まる

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(秋の畑、夕刻の光)

「当事者研究」という言葉との出会いは、マインドフルネスよりも昔だったと思う。もう30年もたつ。精神障害者のコミュニティ「べてるの家」では、障害を持つ当事者が自分自身を見つめて語るという営みが始まっていた。それは「こうなるべき」という医療の回復モデルへの反抗であった。

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2019年09月24日

サンガ(法友)と家族の慈悲に支えられる

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(このまま旅にでも出ちまおうかという出町柳あたりで)

夜中にタクシーからそっと降り、山中の一軒家の扉を音のしないように開け、忍び込む。居間には子どものおもちゃが散らかって、微笑ましい。足の向くままに進む。どういうわけか、薄暗闇の中でもつまづくことはない。それはそうだ、自宅なんだから。体がゆるみ、息が深くなる。到着したのだ。

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2019年09月16日

諦めて与えられたこと

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(そのむかし「父親の権威」という言葉があったそうな…めでたしめでたし)

結局何者にもなれませんでした、という寂しいオチかもしれない。秋になると鬱々として、そういった沈んだ気持ちになることもあるが、そこを抜けると無重力のような軽みを感じる。何かになろうとする苦痛から、そうとう前にぼくは降りたのだった。長い夢を見ていたような気がする。

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2019年09月12日

自分の身を守るのをやめたときに

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(今日のおやつとコーヒー〈店名〉で、この夏最後のルバーブかき氷を食べ、ぼくの夏が終わった)

小さなころから体が弱くて、病気ばかりしてきた。いろんなことに憶病になって、外に出たがらない子どもだったと思う。父が亡くなった今、本当のことはよくわからない。霧の中のように曖昧な記憶をたどれば、圧倒的に一人でいることが多かった。

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2019年09月09日

ただ生きようとすること

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(台風到来直前の晴れ間、瞑想会)

体を使うとシンプルになっていく。だからタイトルも簡潔に。台風が直撃し、翌朝は景色にその痕跡がはっきりと残っていた。田舎暮らしの特徴は「体を使う」こと、思わぬ時にその必要は訪れる。たとえば今回みたいな台風の直後だ。すぐに他の用事には移れない。まず道路を通行可能にしなければ生活できないし、出かけることもできない。

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2019年09月06日

「父の骨に ジャズ聴かせ帰る トレーン忌」

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(自作の路面電車を孫に示す在りし日の父)

夏の盆前に、父の骨を群馬の先祖代々の墓地に収めた。葬儀から約2か月間、弟とぼくの自宅で交代にお骨を保存していたのだが、埼玉県の弟宅から神奈川南部の我が家まで車で骨壺を運んだのは、7月17日だった。
https://bit.ly/1INheqb

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2019年09月04日

成功物語を破壊する、より大きな物語を生きる

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(今のゆとり家の2階のベランダが極めてこれに近い景色)

人には物語が必要だ。人生は虚構なのだから。とはいえ、人生は虚しくはない。虚構だからこそ、共有されるより大きな物語が必要なのだ。小さな子どもは、なぜあんなに本を読んでもらいたがるのだろう。次から次へと、眠気に逆らってまで。

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2019年09月02日

沈黙の実りを味わう9月

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(夏の終わり:逗子海岸にて)

秋になると、ものの姿がはっきりと見える。暑気による陶酔から目覚めると、いやに現実感が増して、くっきりと見える世界は物悲しい。滅びが顕わな季節に入ったしるしだ。この前、路上で仰向けになって死を待つばかりのアブラゼミを見た。そっと植え込みに移してやった。そうして生物は死んでいくのだ。次の世代にいのちを託して。

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