2020年08月07日

架け橋となること

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8月6日の朝8時15分はホテルのロビーで迎え、家族と黙とうすることができた。山中のリゾートホテルには家族連れが多く、ぼくも家族と遠出をするのは迷ったが来てよかったと思う。故郷帰りと父母の墓参りは、夏のこの時期だけに可能だった。外出しない選択肢もあったが、これから先いつ帰れるか、コロナの感染がどう推移するか不確定なので思い切った。

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2020年08月03日

今ここの至福を楽しむ

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(至福はひとつずつ順番にやってくる)

今日は久しぶりに大勢の前で通訳をした。プラムヴィレッジサンガのオンライン瞑想会。講師はワシントンD.C.在住のティク・ナット・ハンの姪でダルマ・ティーチャー(法師)のアンフーン・グエンさんと、トゥ・グエンさんだ。おふたりは直接のマインドフルネスの師であり、ぼくら夫妻のモデルでもある。2013年の初来日から、日本の瞑想の仲間(サンガ)と一緒にずっとお世話になっている。

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2020年07月24日

不要なことと必要なことを知り、わからないことを尊重する

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この1か月以上、水城ゆうさんのピアノの音と生きてきて、ぼくがもっとも助けられたのは、どうでもいいことを忘れ、大切なことをつかみ、わからないことをそのまま尊重することだった。うっかりするとすぐに、どうでもいいことばかり気にし、大切なことを後回しにして、わからないことを無理に暴こうとするようになる。

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2020年07月19日

コロナと共にすでに始まっている新たな時代

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(朽ちゆくものは朽ちゆくままがよく候)

今の生活にきわめて満足していると最近書いたが、偽らざる実感だ。この長期休暇(または失業ともいう)は、もとはコロナの引きこもりがくれたプレゼントだったが、いまやコロナと関係なく生活そのものに充足している。里山こもりにも慣れてそれが日常になると、コロナとか行く末どうだとか、考えることにくたびれ、意味を見出せず、面倒になってきている。

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2020年07月18日

私自身が生きているということの歌なのだ

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生と死が、あちらとこちらで扉を閉じたり開いたりしている。
「父の骨にジャズ聴かせつつ帰るトレーン忌」

去年7月17日、ジョン・コルトレーンの命日にぼくは、父の遺骨を車で自宅まで連れてきた。そのときに浮かんだ俳句を、今日コルトレーンのジャズを聴きながら思い出している。あれは暑い日だった。今日は梅雨の続きで寒々とした一日だった。

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2020年07月12日

毎日をただ生きるというシンプルさの中へ

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(最近の我が家、ほとんどこの谷から出ない)

毎朝たっぷり少林気功をやり、そのあと朝食にするのだが、体を使うわりに食べる量は減り、体重も激減して適正に落ち着いてきている。痩せたのではなくて、適正なのだ。無理して痩せても健康ではないだろう。

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2020年07月08日

正気の生活

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(いつかの夏、札幌郊外で)

最初のころは不便だな、早く元に戻ったらいいのに、そう考えて仲間とイベントの計画変更などを話しあっていた。2月の終わりころだったと思う。あれから4か月以上がたち、もう元通りはないのだ、ということに(たぶん多くの人が)納得し始めている。ある意味、これからがほんとうの出直しだ。

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2020年07月02日

ぼくは今の自分を選んでいる、ぼくは幸せだ

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(うちの正面に見える丘)

God’s will for us is perfect happiness.
「神が私たちに望んでいるのは完璧な幸せである」

ゆとり家のワークショップルームに掲げた言葉は、妻がどこからか選んできてカードを作って貼ったものだ。これがゆとり家の標語になっている。今はほとんどオンラインでなかなか集まれないが、この里山に移り住んだぼくたち家族と、ここで行うワークショップを、この言葉はいつも見ている。無条件の、完璧な幸福。

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他のことはいい、ただこれだけを大切にする

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(ささやかな日々の収穫こそが大事)

他のあれこれを気にしながらやっても仕方がない。毎日生きることが仕事、という友人に接していると(実際には会わずにネットを通じてだが)ただ生きることだけが一大事だということがわかる。「そのときは」確かにわかるのだ。

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2020年07月01日

死にゆく人はいない、生きる人がいるだけだ

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(ゆとり家では少人数のワークショップのみ行っている)

またはみな死にゆく人である、ということも真実だ。6月は死の月、とぼくの中では決まっている。去年6月15日に父が亡くなり、ぼくは一族の波頭に立っている。それだけで意識が違う。ぼくの先には誰もいず、ぼくから後に続く人たちがいる。今その継続を強く感じている。

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