2019年06月12日

息子との果て無き旅

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(嵐の中のディズニーシー)

神奈川と群馬の間を果てしなく行ったり来たりしている。今週は二度目だ。うちに落ち着く間はほとんどない。ゆえに畑はできない。妻が留守を守ってくれるので何とか維持されている。めずらしい梅雨の晴れ間にまとめて洗濯をし、そのあと電車に乗った。

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2019年06月07日

【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その10

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(写真はゆとり家から見たある日の東の空)

その10 死という観念を超えていく 

(講座で何をするの?というより、だんだん講座の主旨を書くようになってきた。これが講座の基盤になっています、というようなコラムです)

 今日は父の耳もとで旧約聖書『コヘレトの言葉』(伝道の書ともいう)第3章の初めの部分を朗読した。編集部から自著の校了原稿が送られてきたので、その中でももっとも重要な箇所のひとつ〜息子が生まれた後の感慨から出た引用を、父への謝辞とともに読んだのだ。

 父には自分自身で読む集中力と体力は残っていない。しかし耳は生きている。ぼくが20歳のころ、病棟で死にかけたとき、認識を新たにさせられ救われた言葉である。ぼくは本の中で、聖書からの引用の前にこう書いている。

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【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その9

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(写真はゆとり家瞑想会で、6月2日)

その9 行動する瞑想

 瞑想者は社会活動に参加するべきではないと言われることもある。たしかに、(狭義の)瞑想状態と社会的な活動を混同すると、心を静めて「観る」ことはできなくなる。しかし瞑想は、観ることだけではない。

 ぼくらは、この身心をもって生きている。瞑想することで身も心も枯れていくようなら、生きているとは言えないだろう。とりわけ在家は、社会に関わって稼ぎ、恋をし、個人的な夢や、しがらみもある。そういう「重さ」がいわば特権であり、出家には持てないものだ。では、重さを抱えながらどう活動していくのか? それが社会の中で瞑想をする意味になる。

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【マインドフルネスレッスン】〜講座で何をするの?2019 その8

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(写真は5月末 前橋駅前にて)

その8 傷つかなくなることが瞑想ではない〜社会の中のマインドフルネス

 これだけ大きな事件が起これば、コラムでも触れないわけにはいかない。すでにブログでは『加害者になることを恐れなければならない』というタイトルで書いた。
http://kskdah.seesaa.net/article/465968071.html

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2019年05月29日

加害者になることを恐れなければならない

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登戸の事件である。相模原事件の直後、ぼくは書くことを恐れた。さらに悪しき不安や怒りのエネルギーを広げてしまうことを。まず沈黙が必要だ。何でもいいからと書いてしまうのは、感じることが辛いからだ。しかし、すぐに書かねばならないときもある。その逡巡が無い書き手は危うい。黙るのも、書くのも、辛いことである。それは現実を生きるのが辛いのと同じだ。

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2019年05月26日

【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その7

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 (写真は、花火大会直前、高まる期待!)

その7 生きることに丸をつける、それがマインドフルネス

 最近企業など法人からの依頼をいただくことが増えてきた。以前は不得意感とアウェイ感から敬遠気味だったものの、今は必要性とお役に立てる喜びを感じている。研修は個人の意思でというより、仕事の一環として受けねばならないという人が多い。そうした方々にいかに伝えるか、それは喜ばしい挑戦だ。

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2019年05月24日

【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その6

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(写真は総持寺の僧侶リトリートにて、朝課のあと〜通訳で参加した)

その6 洞察と愛という両翼がマインドフルネス

「深く洞察し物事の本質を観る」こと、「共感し手を指しのべる」こと〜〈智慧〉と〈慈悲〉はマインドフルネスの二面である。相手を自分の思い通りにしようとしたり、思い込みの色眼鏡で決めつけたりすれば、深く観ることはできない。自分に都合よく引き寄せようとする我欲の曇りで、目が濁るからだ。

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2019年05月21日

【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その5

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(ぼくの修行時代:笑~約20年前)

その5 肚(はら)が決まれば手足は勝手についてくる

先日臨済宗の師家の方とお話しして、つくづく頷いたのはこのことだった。ぼくたちは、現実を何とかしようとあれこれいじりすぎる。策を弄するという言葉があるが、枝葉ばかりを整えることに悩み、気にするばかりで、幹が腐っているのに気づかないのだ。

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【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その4

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その4 情報社会に生きる〜今ここの実践がすべて

 95年にティク・ナット・ハン師と弟子たち10数名をお招きして行った日本ツアーのときには、オウム事件の逆風もあり、社会のメインストリームからは、瞑想やマインドフルネスなど見向きもされなかった。今ではぼくみたいなヒッピー崩れにさえ、大企業から研修の声がかかる。いったい何が起こっているのだろう?という問いから、6月に出る著書を書きはじめた。

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2019年05月15日

【マインドフルネスレッスン〜講座で何をするの?2019】 その3

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(写真はぼくの翻訳の師匠、THE大阪のおばちゃん池田久代さんです。それぞれの翻訳本の売り込み@富士リトリート 口達者な二人)このかしこまっているぼくを見よ!

その3 「先祖の苦労を今に生かそう〜戒って何?」

 前回触れた「マインドフルネスだけを切り離すことはできない」というテーマと関連したお話しです。マインドフルネスだけを強調すると、テクニカルなものになりがちです。どうすれば「うまくいくか」「効果的になるか」などと、自分を利するような思いが膨らむのです。そうした技術的探究は少しだけで十分でしょう。

 基礎は必要ですしそれが無ければ困りますが、ある能力だけを磨くという発想を進めていくと、エゴが肥大して安らぎや充足は無くなっていきます。瞑想を続けるにしたがって(過去の自分や人と)比較するようになったり、うまくやることや目的達成にこだわりはじめたら、注意信号です。何のためのマインドフルネスか?をよく検討しましょう。成功を目的にすれば、どこまでいっても満足することはありません。


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posted by ダー at 10:25| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする