2019年11月15日

ほびっと村との喜ばしい再会〜瞑想会事始め

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(20年ぶりの友人もいた! 人は変わっても連なりは永遠に続く〜ほびっと村学校で)

中央線西荻窪駅から徒歩五分、コンクリート三階建ての古びたビルディングがほびっと村だ。そこにどれだけ通ったろう。ぼくが東京に住み始めたのは1976年だから、ほびっと村開村と同じ年であったようだ。

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2019年11月04日

つながり、つらなるいのち〜interbeingのこと

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(森の草刈りの合間に)

時間軸と空間軸を通して、あらゆるつながりを瞑想する「大地に触れる瞑想(短縮版)」を毎朝行って1年ほどたつ。何が変わったかといえば、「自分」についての概念が変わった。「私」はじつは「私たち」だったのだという実感が日増しに強くなってきている。

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2019年10月29日

お金の心配なしに暮らしたい

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(過ぎてみればつかの間だ〜バリ島チャングーにて)

「健康で文化的な最低限度の生活」という表現がある。憲法25条や生活保護法に出てくる。しかし具体的にどんなものなのかには、触れられていない。どのようにも都合よく解釈できることになる。

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2019年10月28日

ネタばかりを考える人生

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(ふるさとの山よ! 榛名よ!)

温泉に入っているとアイディアが浮かぶことが多い。農作業をしているときもそうだ。アイディアのために温泉に入り、畑に行くわけではないけれど、脳のモードが変わるからだろう、ふとおもしろい思いつきが湧く。それを授業や講座で使ってみたくなる。

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2019年10月24日

人生はぼくを通して何を表そうとしているのか?

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(鐘から飛び立つ秋のテントウムシ)

どの瞬間もこの問いで満ちている。あるときから目的を探すのをやめ、「本当の自分」を見つけるのをやめた。それは今ここにしかないからだ。そんなことを考え、追い求める暇があったら、今すべきことをこの場で見つけること。先には何も待っていない。先へ行っても、何かを期待する自分がいるだけだ。いつまでもそうして何者にもなれない自分に不満足でいるのは、惨めなだけだろう。

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2019年10月17日

ゼロからの出発 beginning anewのこと

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スタンフォードで教えているスティーヴン・マーフィー先生とちな夫妻は今日本に長期滞在されているが、昨日突然連絡が入り、湯島の居酒屋に行った(ぼくは飲まないが居酒屋は好き)。結局4時間も話しこんで帰ったのは夜中になったが、いろいろ話すうち人生の転機が話題になった。スティーヴン先生は20代の終わりころ大火事に会い、焼け出されて着のみ着のままになったという。それがそれ以前の人生とそれ以降の彼とを分けた。火がゼロをもたらし、焼け野原からの芽吹きを導いたのだ。

そのあと火のことを考えていて、十数年前に書いた詩を思い出した。ぼくの場合は自分で(自分に)火をつけたのだったが、それがぼくのゼロポイントだった。2005年に書いた詩。


燃える椅子

原っぱのまん中で椅子が燃える

古新聞を燃やし
草を燃やし枯れ枝をくべ
古い手紙を燃やし
板切れを寄りかけ
破れた麦わら帽子を燃やし
ちびた鉛筆をぶちまけ
割れた御盆を燃やし
はがした障子紙に火をつけ
まるめた表彰状を放り込む

チケットや領収書や解約になった通帳
黄ばんだメモ用紙レポート用紙感熱紙
中身も見ずに古いノートやスケッチブック
少し開いてそっとおく

アルミ箔が緑の炎をあげ
古いマッチが飛沫となって燃え尽き
ふくれ上がった炎が桑の葉をちりちりと焦がして
やがて落ち着き、弱々しくなり、午後の光に白々と灰が吹きだまり、熾きが呼吸しだすころ

椅子をおく
木の背板が背中のカーブになじんだ古い椅子
破れたクッションに火がついて
椅子が燃える
原っぱに炎の塔が立ち
原っぱのまん中で椅子が燃える

抜けるように青い空
その底へ白煙はねじれながら落ちていく
椅子の上に透明な人がたが
炎の舌にかき乱され崩れていく
古新聞を放り込み
紙くずかごを放り込み
火吹き竹を放り込み
残ったすべてを放り込む

残ったものはただ四本の椅子の脚
原っぱのまん中で四本の脚が
立ったまま
天に向かってちろちろと明るい炎をあげている
まるで聖火のように

        2005春


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2019年10月11日

出会いの奇跡

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(鎌倉で奇跡的な再会時に)

路上や店でばったりということが不思議と多い。しかも長いこと音信不通だった友人とだ。出会うタイミングは必然を伴っている。それとは裏腹に、親しく付き合っていた人と縁が切れてしまうことも多い。ぼくは年中引っ越ししたので、よく付き合いが変わる。その多くは、ケンカしたわけでもないのに突然フェードアウトしてしまうのだ。たぶんぼくの趣向が次々と変わるからだろう。

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2019年10月05日

22年前秋のぼくの言葉と出会う

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(この文章を書いていたころの初代 i-Mac 鶴巻で)

詩こそは、ぼくが切に求めてやまない言葉だとわかった。ぼくは今からその言葉を掘り起こしに行く。誰からも求められずに、ただ自分だけのために。

【10月11日 ティク・ナット・ハンと山尾三省の誕生日の集い】 https://www.shinsensha.com/news/2726/
 〜に向けて詩を読みこんでいたら、自分の言葉の鉱脈に行き当たった。本当のテーマは、ふたりを通した自分の言葉にあったのだ。この20年余りに書いた詩ほか多くの文章を発掘しながら、ぼくはこれから1年間、ほかならない「自分自身の言葉への旅」を始めることにした。このプロジェクトには伴走者である編集者があるのだが、インターネットを始めて間もない90年代終わり頃から、盛んに通信を書いたものが発掘された。97年秋にぼくは、ティク・ナット・ハンの詩集の翻訳と自作の詩の掲載をニュースレターで始めていた。それが出てきたので、少し長いけれど旅立ちの記念として転載する。(詩集はついに今年野草社から出版された!)

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2019年10月04日

ほほえみで世界が変わる

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(This also must pass)

ほほえみでゆるむ、ほほえみでゆるす。ほほえめば体が楽になり、心がやさしくなる。ほほえみは抱擁、ほほえみは親しみ、温かなスープが用意されたくつろぎの部屋。

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posted by ダー at 09:40| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月03日

迷ったら家族を取る

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「親は死んでも草は伸びる」〜自然は冷酷だ。この夏畑に行くたびに呆然と立ち尽くすことがあった。草の海だ。篠竹さえも生えてきている。何度か草刈り機を入れたがすぐに伸びるし、唯一妻が手を入れたレタス類やハーブだけは少しの収穫があった。

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posted by ダー at 17:02| Comment(0) | スピリチュアル・瞑想・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする